トルティージャ・エスパニョーラもカスティーリャ地方を代表する料理と言っても良いでしょう。
私が原宿のスペイン料理店で見習いコックだった頃の事です。
「彼のトルティージャは物凄く美味しい。一度教えてもらった方がいい。」
ホールマネージャー兼ベネンシアドール(シェリー酒を格好良く注ぐ人です。)のスペイン人に言われてトルティージャを教えてもらったのは
ホールアルバイトのスペイン人留学生でした。マドリッド出身だそうです。
それまでお店で出していたトルティージャはあまり私の口には合わず
実は私はトルティージャには全く興味がありませんでした。
しかし私はこのアルバイトのスペイン人留学生の人間性が好きだったのです。
ある時私はホールマネージャー兼ベネンシアドールのスペイン人と仕事中に口論になりました。
私はガキだったので腹を立て
ホールが下げてきた下げモノの皿を山のように放置したのです。
そして仕込みや掃除など他の作業に集中しました。
本来ならば下げモノはいち早くシンクに移してあげるとホールは下げやすいのです。
ホールマネージャー兼ベネンシアドールのスペイン人は私の振る舞いに気付き
ボールペンで私の目を突く真似をし凄みながらスペイン語で何やらブツブツ呟きました。
私は睨み返してから知らん顔で掃除を続けました。
ホールアルバイトのスペイン人は一連の流れを見ていませんでした。
普通ならチョット非難気味に
「お皿下げづらいんで先に洗って場所空けてくれる?」
と言うところです。
彼はチラリと一瞬私を見ただけで非難の色を全く出さずに
下げた皿を洗いやすいようにと整然と整理し始めたのです。
私は自分が恥ずかしくなって皿を洗い始めました。
(彼のような人間性の高い人が作るトルティージャなら食べてみたいな。)
と思ったのです。
「うま!!」
ビックリしました。
トルティージャは一般にスペインオムレツと呼ばれます。
円形のオムレツとかポテト入りオムレツとか言われます。
ほぼ卵とジャガイモだけで作る料理です。
店で出していたトルティージャは確かにフライドポテト入りの円形オムレツでしかありませんでした。
むしろ火入れしすぎて中までぼそぼそに不味くしてしまったオムレツでした。
そんなこともあり
どこにでもあるありふれた材料で作るありふれたつまらない料理だと思っていたのです。
大間違いでした。
本場のスペイン人の食べていたトルティージャはとてつもなく美味い料理だったのです。
・・・
店で出していたトルティージャの作り方は
まず玉ねぎのソテーを数日分作り置きしておきます。
次にジャガイモの2mmスライスを1日分180度のサラダ油で素揚げしておきます。このジャガイモは数日分皮をむいて水にさらしておいたモノです。
ボンレスハムのさいの目切りを数日分切っておきます。
オーダーが入ると
卵を溶き牛乳を加え玉ねぎソテー、ジャガイモ素揚げ、ボンレスハムを具として加え塩白胡椒します。
ジャガイモは冷え切ってβ化が進んでしまうと二度上げし再度α化したりします。
強火で熱したスペインオムレツ専用フライパンにピュアオイルを入れ高温に熱します。
オムレツというよりもだし巻き卵に近い感じでフライパンで手際よく丸く焼きます。
手際よくフライパンを振って引っ繰り返すのがこの調理の最大の見せ場です。とても格好いいモノです。
けれど初心者は失敗しないように皿をかぶせて引っ繰り返します。
250度のオーブンに入れ中までしっかり火を入れます。
フライパンから空中回転させ皿で受け止めます。ここも見せ場です。
出来上がりはオーブンで一旦膨らんですぐしぼんだことでしわが出来焦げ色が付いています。
私は職人芸とも言えるこの格好いい調理が好きでしたが
出来上がるトルティージャは美味しいと思えませんでした。
でも
スペイン人に習った本場のトルティージャは桁違いに美味しかったのです。
・・・
まず皮付きのジャガイモの皮をむきます。もちろん芽は取り除きます。5mmスライスにしたジャガイモは水には決してさらしません。
たっぷりのEXバージンオイルを低温で温めたフライパンに、切ったばかりのジャガイモを投じます。ジャガイモの量はお店のレシピの5倍くらいです。蒸すように弱火でじっくりと時間を掛けて確実に火を入れます。EXバージン油は低温をキープします。うっかり一瞬でも高温にしてしまうと酸化して不味くなります。健康にも悪いそうです。
ジャガイモに完全に火が通ったらEXバージンオイルごとボウルにあけて控えめに塩をします。
ジャガイモが熱々のうちに卵を割り入れます。量はお店のレシピより少なめです。かき混ぜてジャガイモの余熱で溶き卵に軽く火を入れておきます。
牛乳は入れなくても良いそうです。
玉ねぎソテーはスペインでも入れる人もいるそうですが彼は入れませんでした。
ボンレスハムを入れる人などスペインにはいないそうです。
フライパンにEXバージンオイルを軽く温めて溶き卵和えの熱々ポテトを流し入れます。
余りかき混ぜませんね。弱火でジックリと火を入れます。
お皿を使って引っ繰り返します。低温なので油の浮力が弱いためアクロバティックな職人芸には向かないのです。
裏面も同じく弱火でジックリと火を入れます。
オーブンには決して入れません。卵がスポンジケーキのように膨らんでしまい冷めるとしぼんでしわになるからです。トルティージャとは金貨の事です。膨らんでしぼんでしわになったら金貨に見えないからです。
中も外もしっとりと火を入れると皿に盛り8等分に切り分けます。
切り口を上に向けペッパーミルで黒コショウを挽いて完成です。
塩が足りなければ後から振っても良いでしょう。
オムレツではありません。
全く異なる料理です。
卵料理というよりもむしろジャガイモ料理でしょう。
EXバージン油が味の決め手だと思います。時間もかかるし手際も悪くなりますが低温をキープし続けて決して酸化させないことが肝要です。
ジャガイモとオリーブ油の相性の良さに衝撃を受けると思います。
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