「彼は凄いわ。彼が月に1度の指導に行った所はその月から本当に売り上げが伸びているわ。」
本社(保養所の管理人から中間搾取をしている弁当屋のことです。)の事務員さんが言います。
私は思うところがありましたが説明するのも面倒くさいので
黙っていました。
私は30代の頃、保養所の管理人をしていました。
大企業の従業員が利用する宿泊施設で和食のコースを提供していました。
単価的には一流料亭に匹敵するコース料理でした。
実際は原価を弁当屋が大きくはねるので、単価に見合った料理にするために
たった4組程の夕食に毎回12時間以上の手間暇を掛けていました。
私はそれまで青山でスペイン料理のシェフをしていたのですが
体を壊して妻の田舎に移ってきたのです。
和食は初めてでしたが
弁当屋の顧問をされていた元長野メルパルクの総料理長に、運良く教わることになりました。
顧問は四条真流開祖獅子倉祖憲氏の直弟子で江戸前料理や精進料理の達人でした。
毎月献立を立てて下さり実地指導に来て下さっていましたが
3年程で献立作りから完全に任されるようになりました。
しばらくして若い和食の料理人が月一で2回ほど指導に来たことがありました。
彼は弁当屋の社長が愛人にやらせている料亭の脇板でした。
私は和食は専門家ではありませんでしたので、吸収できるものは何でも有難く吸収しました。
しばらくして
弁当屋の事務員さんがツテを使って保養所を利用した時の話です。
「彼は若いのに大したモノよ。あちこちの保養所や食堂に指導に回っているけれど、彼の回った所は本当に直ぐに数字が上がっているわ。数字は噓を付かないものね。」
私は直ぐにピンと来ました。
「数字は噓を付かない。」
は彼の口癖でした。
彼は元々は大学で統計学を学んだビジネスマンだったのです。
人間関係に疲れて脱サラし料理人になったのでした。
彼の和食の実力や指導力は顧問には遠く及びません。
ではどうして数字が上がったのでしょう?
彼は数字の上がり始めた保養所と食堂だけを選んで回っていたのです。
そうでない保養所と食堂には決して行かないのです。
そして他者の努力の賜物を自分の指導力の賜物であると言いふらして回っていたのです。
彼は極悪人というわけではありません。
普通の人です。
彼の奥さんはかつての彼の同僚で、彼が逃げ出した職場でまだ踏ん張っているそうです。
子供が小さかったので産休していたそうですが職場復帰したのです。
板さんの仕事はいわゆる3Kです。
彼も昇給を掛けて何かしらモーションを起こさずには居られなかったのでしょう。
とは言え
事務員さんはなまじ数字を見る仕事なので完全に騙されてしまったのです。
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数字で噓を付ける人が
その効果を最大限にする為に言う口癖
それが
「数字は噓を付かない。」
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