脳機能科学に基づいた空手教則構築法1:序論

第1章序論

1.1 脳の大統一理論とは?

「脳は推論システムである。」

認知、知覚、身体運動、思考、意識、etc、それぞれ個別の仕組みの解明は進んできましたが、これら脳の機能を統一的に説明する理論は長きにわたって不在でした。

そんななか天才神経科学者カール・ジョン・フリストン教授は、新たに””ベイズ脳における能動的推論””を定義しました。そして””変分自由エネルギー原理””という単一で脳の多様な機能を統一的に説明し得る理論を提唱しました。

””変分自由エネルギー原理””をだいぶザックリ言うと、脳は、認知、知覚、身体運動、思考、意識、etc、それら全てにおいて同じ処理をしている。というモノです。それは、まず世界を推論する、その推論した世界から推論されるフィードバックと、現実の世界からの現実のフィードバックの差から、推論していた世界を修正していく、という処理をしている。というモノだと、私は解釈しています。

例えば今までのスポーツ理論では、超複雑な各部位のプロセスをつなぎ合わせて一つの動作を構築していると考えられていました。スポーツ理論を学べば学ぶほど下手になると言っても過言ではない状況が長年にわたり続いていました。

しかし脳の大統一理論は、動作のGOALイメージさえあれば、後は無意識というブラックボックスがプロセスを自動操縦してくれて、自動的に動作のGOALイメージを実現してくれる。という大変にシンプルでかつ体感的にも腑に落ちる運動理論なのです。

これが身体運動のみならず認知、知覚、思考、意識、etc、にも当てはまるという凄い理論なのです。

私の武道研究に強い影響を与えた、脳機能科学者苫米地英人氏のいう創造的無意識や運動科学者高岡英夫氏のいう体性感覚意識とも整合性がある理論だと思います。

””変分自由エネルギー原理””は、脳の構造と機能を包括的に説明しようとする理論的枠組みです。この理論は、脳の様々な階層レベル(分子、細胞、回路、システム、行動)を統合し、脳の働きを統一的に理解することを目的としています。フリストン教授の””変分自由エネルギー原理””は、脳科学者乾敏郎教授と情報理工学者坂口豊教授によって””脳の大統一理論””と位置付けられました。以下では、脳の大統一理論の主要な概念と構成要素について詳細に説明します。

  1. 階層的組織化
    • 脳は、分子、シナプス、ニューロン、局所回路、脳領域、大規模ネットワークなどの階層的な構造を持っています。
    • 各階層は、固有の特性と機能を持ちながら、相互に作用し合っています。
    • 低次の階層の活動が高次の階層の機能を生み出し、高次の階層からのフィードバックが低次の階層の活動を調整します。
  2. ダイナミックなネットワーク
    • 脳は、ニューロンとシナプスで構成される複雑なネットワークです。
    • このネットワークは、状況に応じて動的に再構成され、情報処理の効率を最適化します。神経可塑性です。FPGAみたいですね。
    • 脳の機能は、個々のニューロンの活動ではなく、ニューロン集団のダイナミクスによって生み出されます。
  3. 情報の符号化と表現
    • 脳は、外界からの感覚情報を電気的・化学的信号に変換し、ニューロン集団の活動パターンとして符号化します。
    • 情報は、ニューロンの発火率、発火タイミング、同期発火などの様々な形で表現されます。
    • 脳の情報表現は、分散的かつ重複的であり、頑健性と柔軟性を備えています。
  4. 可塑性とシナプス伝達効率の調整
    • 脳は、経験や学習に応じてその構造と機能を変化させる可塑性を持っています。
    • シナプス伝達効率の変化(長期増強、長期抑圧)は、学習と記憶の基礎となります。
    • 可塑性は、発達、適応、再構成など、脳の様々な側面に関与しています。
  5. 自己組織化と臨界性
    • 脳は、自己組織化的に複雑な構造と機能を形成します。
    • 脳のネットワークは、臨界状態(カオスと秩序の境界)に近い状態で動作し、情報処理の効率と柔軟性を最大化します。
    • 自己組織化と臨界性は、脳の発達、学習、適応を支える重要な原理です。
  6. 予測と推論
    • 脳は、過去の経験に基づいて未来を予測し、行動を最適化します。
    • ベイズ推論の枠組みに基づき、脳は事前確率と尤度を統合して事後確率を計算し、意思決定を行います。フリストン教授は変分ベイズ法の専門家でもあります。
    • 予測と推論は、知覚、運動制御、意思決定など、脳の様々な機能に関与しています。
  7. 意識とメタ認知
    • 意識は、脳の大規模なネットワーク活動の結果として生み出されると考えられています。
    • メタ認知(自己の認知過程を監視・制御する能力)は、意識の重要な側面であり、前頭前野の機能と関連しています。
    • 意識とメタ認知は、自己認識、内省、社会的相互作用などの高次脳機能の基盤となります。

脳の大統一理論は、これらの概念を統合し、脳の構造と機能の包括的な理解を目指しています。この理論は、神経科学、計算論的モデル、情報理論、ダイナミカルシステム理論などの様々な分野の知見を取り入れており、脳研究の発展に寄与しています。

ただし、脳の複雑性と未解明な部分が多いためとで、理論の完成にはさらなる研究が必要だとも考えられているようです。

1.2 空手と脳科学の関係性

「空手は脳でやるモノである。」

空手は、スポーツや格闘技あるいは健康法や美容法としても広く普及していますが、本来は武道の一種です。武道とは何でしょうか?武道は別名動禅と呼ばれています。すなわち武道は禅の一種なのです。では禅とは何か?禅は公案という矛盾問題(論理的に解くのが不可能な問題)を解く事を目指すという修行です。禅の中でも動禅こと武道は「絶対的弱者が絶対的強者に必然的に勝つ。」とか「絶体絶命な状況を絶対に生き残る。」などテーマの絞られた矛盾問題(不可能問題)が武道の型として授けられます。武道は、型として授かった公案(矛盾問題)を身体を動かす中で止揚する事を目指す修行です。

空手と脳科学は、一見関連性が薄いように思えるかもしれませんが、実は密接な関係があります。空手の練習と習得のプロセスは、脳の構造と機能に大きな影響を与え、また脳の特性が空手の上達を左右するのです。以下では、空手と脳科学の関係性について、詳細に説明します。

  1. 運動制御と学習
    • 空手の技術は、複雑な運動制御と協調を必要とします。大脳基底核と小脳は、運動の学習と制御に重要な役割を果たします。
    • 反復練習によって、シナプスの伝達効率が向上し(長期増強)、運動記憶が形成されます。
    • 空手の上達には、脳の可塑性が重要です。練習によって、運動関連の脳領域の構造と機能が変化します。
  2. 感覚情報処理
    • 空手では、相手の動きを素早く認識し、適切に反応する必要があります。視覚情報処理と空間認知の能力が重要です。
    • 体性感覚と固有受容性感覚は、自分の身体の位置や動きを把握するために必要です。
    • 感覚情報処理の効率が高いほど、状況判断と意思決定が速くなり、パフォーマンスが向上します。
  3. 運動出力と筋肉制御
    • 空手の技を正確かつ迅速に実行するには、運動出力と筋肉制御の精度が求められます。
    • 一次運動野とsupplementary motor areaは、運動の計画と実行に関与します。
    • 脊髄と筋肉の協調が適切に行われることで、滑らかで力強い動作が可能になります。
  4. 情動制御とストレス対処
    • 空手の練習と試合では、感情のコントロールが重要です。扁桃体と前頭前野は、情動制御に関与します。
    • 心拍変動性と自律神経系の制御は、ストレス対処能力と関連しています。
    • 空手の修練を通じて、感情をコントロールする能力が向上し、ストレス耐性が高まります。
  5. 集中力と注意力
    • 空手では、高度な集中力と注意力が要求されます。前頭前野と視床は、注意の制御に関与します。
    • 集中力を維持するには、デフォルトモードネットワーク(安静時に活動する脳のネットワーク)を抑制する必要があります。本来空手は武道であり、武道は動禅です。常在戦場の非常心が平常(デフォルト)になるように目指すものでしょう。それが平常心ではないでしょうか?
    • 空手の練習を通じて、集中力と注意力が向上し、無駄な思考が減少します。
  6. 動機づけと報酬系
    • 空手の上達には、強い動機づけが不可欠です。コンピュータの情報処理速度を上げる方法は3つあります。”クロックサイクルを上げる。””並列度を上げる。””抽象度(粒度)を上げる。”です。企業組織に応用したところ失敗したそうです。人間にはもう一つの方法が不可欠だったのです。それは”モチベーションを上げる。”です。側坐核と腹側被蓋野は、報酬系に関与します。
    • 稽古を重ねることで、達成感や満足感が得られ、内発的動機づけが高まります。
    • 脳内報酬系の活性化は、練習に対する意欲を維持し、長期的な上達を支えます。
  7. 社会性と脳内基盤
    • 空手の稽古では、他者との協調や共感が重要です。ミラーニューロンシステムは、他者の動作を理解し、模倣する能力に関与します。攻撃拳で攻撃拳のチャンピオンを子ども扱いできるほど、攻撃拳を深く深く理解出来て、はじめて武道の本分である待ち拳が実用に耐えるモノになり始めます。
    • 言語的・非言語的コミュニケーションを通じて、指導や学びが行われます。
    • 社会的認知と意思決定の能力は、空手の教えを理解し、実践するために必要です。
  8. 精神性と脳波
    • 空手には、精神的な側面があり、瞑想的な練習が行われます。瞑想時には、脳波がα波優位になることが知られています。
    • 没入体験(フロー状態)では、γ波の活動が増加します。
    • 空手の修練を通じて、精神性が高まり、脳の状態が変化します。現状比較的強いからと言って精神性が高いとは限りませんが、精神性を高めることは、現状より遥かに強くなるためには必要不可欠なことだ。と言えるようです。
  9. expertiseの神経基盤
    • 空手の熟達者(エキスパート)の脳では、関連する脳領域間の機能的結合が強くなります。
    • 無駄な活動が減少し、エネルギーの効率的な配分が行われます。
    • expertiseの獲得には、長期的な効果的練習と脳の機能的変化が必要です。

空手と脳科学の関係性は、運動制御、感覚情報処理、情動制御、集中力、動機づけ、社会性、精神性など、多岐にわたります。空手の修練は、脳の構造と機能に影響を与え、また脳の特性が空手の上達を左右します。両者の関係を理解することで、より効果的な稽古方法や指導法の開発につながると期待されます。

1.3 本ブログの目的と構成

本ブログ「脳の大統一理論に基づいた空手教則」の目的は、脳科学の知見を活用して、空手の技術習得と人格形成のメカニズムを明らかにし、より効果的な稽古方法と指導法の理論を提案することです。空手の伝統的な教えと現代の脳科学の知識を融合させることで、空手修練の本質的な意義を探求します。

本ブログの構成は、以下のようになっています:

  1. 序論では、脳の大統一理論の概要と、空手と脳科学の関係性について説明します。本ブログの目的と構成を明らかにし、読者が本ブログの内容を理解するための基礎知識を提供します。
  2. 第2章では、空手の基礎動作と脳の機能の関係を解説します。運動制御と学習、感覚情報処理、運動出力と筋肉制御など、空手の技術習得に関わる脳のメカニズムを詳しく説明します。
  3. 第3章では、空手の上達と脳の可塑性の関係を探ります。運動学習と記憶の強化、ニューラルネットワークの再編成、expert performanceの獲得など、空手の上達を支える脳の変化について解説します。
  4. 第4章では、空手の心理的側面と脳内メカニズムの関係を分析します。情動制御とストレス対処、集中力と注意力、動機づけと報酬系など、空手の修練に関わる心理的要因と脳の働きを説明します。
  5. 第5章では、空手の社会性と脳内基盤の関係を考察します。他者理解と共感、コミュニケーションと言語、社会的認知と意思決定など、空手の稽古や指導に関わる社会的能力と脳の機能を解説します。
  6. 第6章では、空手の熟達化と脳の機能統合の関係を探ります。帯状皮質と自己認識、精神性と脳波、expertiseの神経基盤など、空手の高度な技術と精神性を支える脳のメカニズムを説明します。
  7. 最後に、総括として、空手の教えと脳科学の知見を統合し、伝統の叡智と現代科学の架け橋となる新しい空手教則の可能性を議論します。また、今後の研究の展望と課題を提示します。

各章では、脳科学の最新の知見を平易に解説しながら、空手の技術や心法との関連性を具体的に示します。また、科学的根拠に基づいた稽古方法や指導法の提案を行い、読者が実践に活かせるようにします。

本ブログは、空手家、指導者、研究者など、空手に関わる全ての人々を対象としています。脳科学研究者や他の武道家やアスリートやトレーナーにとっても、新しい視点と示唆を与える内容を目指します。

脳の大統一理論によって、複雑すぎる上に効果の無かった運動理論が、シンプルで効果の高い運動理論に生まれ変わりつつあります。本ブログが、素晴らしい自己修練法と指導法の創発に、貢献出来ることを願っています。この空手と脳科学の融合の試論が、新しい教則の確立と、より充実した稽古の実現につながる足掛かりになれば望外の喜びです。

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