愛着障害を自由エネルギー原理の観点から考えてみた

愛着形成と愛着障害を自由エネルギー原理の観点から説明するには、まず愛着理論の基本的な概念を理解する必要があります。

愛着理論とは

愛着理論は、特に幼少期における主な養育者(例えば母)との関係が、個人の情緒的および社会的発達に与える影響を探求する心理学的な枠組みです。ジョン・ボウルビィによって提唱されたこの理論は、愛着が生存において重要な役割を果たすことを示しています。愛着理論は、以下の基本的な概念が含まれています。

  1. 愛着の定義
    愛着とは、乳幼児が特定の人(通常は母親や主な養育者)との間に形成する特別な情緒的結びつきのことを指します。この結びつきは、子どもが安全感や安心感を得るために重要です。俗に言う安全基地です。この愛着を土台に心が成長すると考えられています。つまり愛着障害は行動面の障害や認知面の障害ではなく情緒、感情面の障害であると言えます。
  2. 愛着の種類
    愛着理論では、愛着のスタイルがいくつかのタイプに分類されます。主なスタイルには以下のものがあります:
    ・安全型愛着: 養育者との関係が安定しており、子どもは安心して探索行動を行うことができる。
    ・不安定型愛着: 養育者からの離脱に対して強い不安を示し、再会時には過剰な反応を示すことが多い。
    ・回避型愛着: 養育者の出発や帰還に対して無関心で、感情的な距離を保つ傾向がある。
    ・混合型愛着: 養育者に対して矛盾した反応を示し、恐怖や不安を伴う行動を取ることがある。
  3. 愛着の発達段階
    愛着は、乳児期から幼児期にかけて段階的に発達します。ボウルビィは、愛着の発達を以下のように段階分けしました:
    無関心期(0〜6週間): 幼児は特定の人に対して特別な反応を示さない。
    愛着形成期(6週間〜6〜8ヶ月): 幼児が主な養育者に対して好意を示し始めるが、分離に対してはあまり反応しない。
    明確な愛着期(6〜8ヶ月〜18〜24ヶ月): 幼児が養育者に対して強い愛着を示し、分離不安が見られる。
    相互関係の形成(18〜24ヶ月以降): 幼児が養育者との関係をより深く理解し、相互的な関係を築くようになる。                                       臨界期:かつては臨界期というものがあるのではと考えられていましたが、現在は何歳になっても愛着形成可能というのが定説です。
  4. 内的作業モデル(内的ワーキングモデル)
    愛着理論の重要な概念の一つに「内的作業モデル」があります。これは、子どもが養育者との経験を通じて形成する自己や他者に対する認識のことを指します。このモデルは、将来の人間関係や情緒的な反応に影響を与えるとされています。
  5. 結論
    愛着理論は、幼少期の愛着形成がその後の人生における人間関係や情緒的な健康に大きな影響を与えることを示しています。安全な愛着が形成されることで、子どもは他者との関係を築く基盤を得ることができ、逆に愛着障害がある場合は、将来的に人間関係において困難を抱えることが多くなります。


・愛着形成
愛着形成は、乳児が主な養育者(例えば母)との間に情緒的感情的な信頼関係を築く過程です。この過程では、養育者が一貫して子どものニーズに応えることで、子どもは「この人は私を助けてくれる」という信頼感を持つようになります。愛着が形成されることで、子どもは他者との関係を築く基盤を得ることができます。

・愛着障害
一方、愛着障害は、適切な愛着が形成されなかった結果として現れる問題です。例えば、養育者が不在であったり、情緒的なサポートが不足している場合、養育者が頻繫に替わる場合、などなど、子どもは不安定な愛着スタイルを持つことになります。これにより、将来的に人間関係において困難を抱えることが多くなります。愛着障害は関係性の問題ですが本質的に感情面の障害であると認識して取り組むと問題解決に繋がるかと思われます。

自由エネルギー原理との関連

自由エネルギー原理は、愛着形成における心理的および生理的なプロセスを理解するための新しい枠組みを提供します。この原理は、特に乳幼児が養育者との関係を通じてどのように行動し、学習し、感情を調整するかに関連しています。

自由エネルギー原理の概要
自由エネルギー原理は、生物学的システムが秩序を保つために、内部状態や外部環境における不確実性を最小化しようとする傾向を示す理論です。この原理は、知覚、行動、学習のプロセスを統一的に説明し、個人がどのように外部環境に適応するかを示します。この原理によれば、個体は自らの内部状態を予測し、予測と実際の経験との間のギャップ(驚き)を減少させるために能動的に探索行動し予測した内部状態モデルを上書き修正し続けます。一方で脳は環境からの情報も処理し、外部環境の予測を行います。この原理によれば、脳は、常に外部の刺激に対して最適な反応をしたいために、予測した外部環境の状態モデルを上書き修正し続けます。

自由エネルギー原理と感情の関係
自由エネルギー原理は、脳がどのようにして外部環境に適応し、感情や行動を生成するかを説明する理論です。この原理は、カール・フリストンによって提唱され、脳の情報処理の基本的なメカニズムを理解するための枠組みを提供します。
自由エネルギー原理の基本概念
予測と誤差最小化: 自由エネルギー原理によれば、脳は脳の外部世界の状態(自身の身体内部も脳から見ると外部世界の一種です)を予測し、その予測と実際の感覚入力との間の誤差を最小化しようとします。このプロセスは、知覚、運動、感情、意思決定などの基本的な脳機能を統一的に説明します。
感情の生成: 感情は、脳が身体の状態(主に内臓の運動制御と内臓の状態知覚とそれが生じた原因)を評価し、それに基づいて適切な行動を選択する過程で生じます。具体的には、脳は過去の経験や学習をもとに、現在の状況に対する感情的な反応を生成します。これにより、感情は生理的な状態(例えば、心拍数や呼吸数の変化)と結びついています。
感情のダイナミクス
感情価と自由エネルギー: 感情は「感情価」として知られる二次元の軸(快/不快、覚醒/落ち着き)で表現されます。自由エネルギー原理は、これらの感情的な状態がどのように変化するかを説明するために、脳が外部環境からの情報をどのように処理するかに焦点を当てています。
不確実性と感情: 自由エネルギー原理は、脳が不確実性を最小化するためにどのように行動を調整するかを示しています。例えば、過去に不確実な状況を経験した生物は、未来においても不確実性を予測し、それに対処するための感情的な反応を形成します。このように、感情は生物が環境に適応するための重要な役割を果たします。

認知科学の知見では

知覚に重要なのは外受容感覚

運動に重要なのは自己受容感覚

感情に重要なのは内受容感覚

そして

感情は

内臓運動制御と内臓状態知覚およびそれが生じた原因

の認知である

と考えられています。

また俗に感情と言われるものは、認知科学においては情動と感情に区別されます。

情動とは外的刺激や内的想起に伴って起こる生理的変化の事です。主として内臓から中枢に伝えられる自律神経信号によって生じる生理的変化です。

感情とは情動の発生に伴って起こる主観的な体験の事です。本人にしか分からないものです。感情は求心性の自律神経信号を正しく理解(予測)出来る事とその信号変化が生じた原因の2つの要因から成立すると考えられ、それは実証されているそうです。

感情障害には様々なものがありますが、そのほとんどは内臓運動皮質から適切な制御信号が出力されない事が原因であると言われています。この制御信号は内臓の自己受容感覚の予測(期待)信号です。

又内臓運動皮質から感情の感覚中枢である島に遠心性コピーが送られますが、この遠心性コピーを基に内受容信号を正しく予測(理解)できない事が感情障害のもう一つの原因であると言われています。低い予測精度は予測バイアス(平均値のずれ)がある場合と予測値の分散が大きい場合があるそうです。


結論
自由エネルギー原理は、感情を理解するための強力な理論的枠組みを提供します。脳は、外部環境からの情報を基に予測を行い、その予測と実際の経験との間の誤差を最小化することで、感情を生成し、適応的な行動を選択します。このプロセスは、感情が生理的な状態と密接に関連していることを示しており、感情の理解に新たな視点を提供しています。

脳科学における感情:感情は脳内麻薬によって生成されると言われているようです。問題発生時点での脳内神経のニューラルネットワーク(=高次関数=論理関数)ではその問題の解決が間に合う可能性が絶望的な場合、脳内麻薬(猛毒)を自ら生成して大脳皮質に浴びせて、問題発生時点でのニューラルネットワークを表面的に破壊することで、問題解決が間に合う可能性を生む。それが感情の存在理由と考えられているようです。

愛着形成においては、養育者との関係という外部環境が、内的作業モデル(予測した自らの内部状態の状態モデルと予測した外部環境の状態モデル)の調整に重要な役割を果たします。

養育者との関係が安定していると、外部環境に対する予測がたちやすく、内的作業モデルが適切に調整されます。こうして安定した愛着(安全基地)が形成されることで、子どもは安心感を持ち、探索行動を行うことができるようになります。これは、自由エネルギーを最小化するための適応的な行動が出来ていると考えられます。

逆に、愛着障害を持つ子どもは、養育者との関係が不安定であるため、外部環境に対する予測が困難になり、安定した愛着を形成失敗しストレスや不安を感じやすくなります。このような状況では、内的作業モデルが適切に調節されず自由エネルギーが高まり、適応障害を起こすことになります。



愛着形成との関連
・愛着行動の動機付け:
自由エネルギー原理は、乳幼児が養育者に近づく行動を説明する際に重要です。乳幼児は、養育者との接触を通じてストレスを軽減し、安心感を得るために、近接を求める行動を取ります。この行動は、養育者からの反応が予測可能である場合に特に強くなります。
・愛着スタイルの形成:
乳幼児が経験する養育者の反応が一貫している場合、安定した愛着が形成されます。一方で、養育者の反応が不規則または矛盾している場合、混乱した愛着や回避的愛着が生じる可能性があります。これは、乳幼児が養育者の行動を予測する能力に影響を与え、結果として自由エネルギーを最小化するための適応的な行動が変化することを意味します。
・感情の調整:
自由エネルギー原理は、乳幼児が感情を調整する方法にも関連しています。養育者との関係を通じて、乳幼児は自分の感情状態を理解し、他者との相互作用を通じてそれを調整する能力を発展させます。これにより、愛着形成が進むとともに、社会的および情緒的な発達が促進されます。

結論

自由エネルギー原理は、愛着形成のメカニズムを理解するための有力な理論的枠組みを提供します。

愛着形成は、乳幼児が安全で安定した環境を持つことによって促進され、自由エネルギー原理に基づく適応的な行動を可能にします。乳幼児は養育者との相互作用を通じてストレスを管理し感情を調整することで、愛着スタイルを形成します。このプロセスは、彼らの社会的および情緒的な発達において重要な役割を果たします。

一方、愛着障害は、養育者との不安定な関係から生じ、自由エネルギーを高める要因となります。

このように、愛着理論と自由エネルギー原理は、個人の情緒的発達(感情面の発達)および社会的発達における重要な要素として相互に関連しています。

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